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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)15号 判決 1985年6月25日

原告(選定当事者)

石田千秋

選定者

石田千秋

外二三名

被告

東京都知事

鈴木俊一

右訴訟代理人

石葉光信

右指定代理人

樋口嘉男

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当該者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  昭和六〇年七月七日に行われる予定の東京都議会議員選挙の費用の支出を差し止める。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告の請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、東京都の住民であり、被告は、東京都知事である。

2  被告は、東京都知事として、昭和六〇年七月七日に投票が行われることが既に決つている東京都議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)の費用を支出することは確実である。

3  本件選挙は、東京都民である選挙人の投票価値を公職選挙法(以下「公選法」という。)一五条七項に違反して差別したまま行われようとしている違法選挙であり、かかる違法な行事に東京都の公金を支出することは許されない。

4  本提訴は、地方自治法(以下「法」という。)二四二条一項に基づき、昭和五九年一二月一八日に東京都監査委員に対し原告及び選定者らが行つた住民監査請求を前置している。

右監査請求に対し、東京都監査委員は昭和六〇年二月一四日監査の結果を通知し、原告らの請求を却下した。

原告は、この監査結果に対し不服であり、法二四二条の二第一項一号に基づき、本件訴えを提起したものである。

本訴訟を差止訴訟として提起したのは、同条一項が但書において指摘する「当該行為により普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合」に相当するからである。なぜならば、本件選挙の費用は昭和五六年七月五日執行の都議会議員選挙(以下「前回選挙」という。)の費用一八億円余から推してそれ相当額であると推定され、かつ、東京都の昭和六〇年度当初予算で、二二億四七〇〇万円が計上されているのであつて、かかる莫大な金額は、事後では損害賠償の手続によつて被告に償わせることが困難で、事前に差し止める他はないからである。

5  東京都議会(以下「都議会」という。)は、昭和五九年一二月一四日「東京都議会議員の定数並びに選挙区及び各選挙区における議員の数に関する条例」(以下「定数条例」という。)の一部を改め、千代田区、中央区及び台東区の各選挙区の議員定数を各一人減じ、西多摩、八王子市及び府中市の各選挙区の議員定数を各一人増すいわゆる「三減三増」案を賛成多数で可決した。

6  前回選挙に対して提起された選挙無効訴訟に対し、東京高等裁判所は昭和五八年七月二五日に、又最高裁判所は昭和五九年五月一七日にそれぞれ当該選挙を違法と断じた。

前回選挙が東京高等裁判所及び最高裁判所により違法と判断されたのは、改正前の「定数条例」による選挙区ごとの議員定数の配分が、公選法一五条七項の規定に違反すると判断されたためであつた。

公選法一五条七項の理解については、これまで上記の二判決と、昭和五八年四月一〇日に執行された千葉県議選に対する東京高等裁判所判決がある。

これらの裁判所の判断からして、公選法一五条七項但書の解釈について、次の三つが指摘されている。

(一) まず、人口比例を緩和すべき「特別の事情」があるかどうかを議会として明らかにしなければならない。

(二) その「特別の事情」とは、政策目的であること。

(三) そして、政策目的としての「特別の事情」を考慮した議会の判断に合理性がなければならないこと。

以上の三点である。つまり、議会の裁量権は決して無制約ではないということなのである。

7  そこで、都議会が昭和五九年一二月一四日に賛成多数で可決した「定数条例」の改正は、上述した三点が満たされているであろうか。

まず、人口比例を緩和すべき「特別の事情」が、都議会のなかで明らかにされたであろうか。

議員定数等検討委員会のなかで、また本会議で、そのような「特別の事情」が検討され、明らかにされたという事実は全くない。

また、三選挙区から定数を一人ずつ減じ、三選挙区の定数を一人ずつ増したいわゆる「三減三増」の改正が、政策目的から決められたものではないことも明白である。昭和五九年一二月八日の段階で各党案としてあつた「五減三増」、「五減五増」、「一一減一一増」の三案のどれとも違う「三減三増」案で決着したのは、他でもない現職議員への影響が最も少ないという理由だけなのである。

人口比例を緩和すべき政策目的としての「特別の事情」がないまま、現職議員とか政党への影響を考慮したのみの議会の裁量権の行使は、とうてい合理的な裁量権の行使とはいえない。

8  さらに、いわゆる「逆転現象」を解消しなかつた点でも、今回改正は、「定数条例」の違法性をそのまま存続させた。

例えば、人口が五四万二四四九人の杉並区の定数が六人で、杉並区より人口が二万一七〇七人多い練馬区の定数が四人という配分にどのような合理性があるというのか。「特別の事情」として何があつてこのような「逆転現象」が許されるのか。そのような「特別の事情」があるはずがないのである。

9  以上からして、今回改正は、都議会の合理的な裁量権の行使とは到底認められず、「定数条例」は依然として公選法一五条七項の規定に違反する状態にある。

したがつて、現「定数条例」のままでは、本年七月に予定されている選挙は違法選挙となり、それに対し、東京都の公金を支出することは許されない。

10  以上により、原告は、法二四二条の二第一項一号に基づき、本件選挙に対し東京都の公金を支出することの差止めを求めるものである。

二  被告の本案前の答弁の理由

1  本件訴えは法二四二条の二第一項所定の訴えに当らない。

(一) 原告は、東京都議会が昭和五九年一二月一四日にその一部を改正した定数条例に関し、これが改正によつてもなお依然として公選法一五条七項に違反していると主張し、したがつて、右定数条例に基づいて昭和六〇年七月七日に行われる予定の本件選挙は違法であるから、これに対する公金支出は許されないとして法二四二条の二第一項一号に基づき本件選挙費用の差止めを求めている。

(二) ところで、法二四二条の二第一項に規定する住民訴訟は、行政事件訴訟法上の民衆訴訟であるから、法律に定める場合において、法律に定める者に限つて訴えの提起が認められるものである(同法四二条)。そして、右以外の場合において、右以外の者が訴えを提起することは、法二四二条の二第一項に反し、許されないのである。

ここで、同項にいう普通地方公共団体の職員の違法行為とは、主観的には長、収入役その他の執行機関たる職員の違法行為に限られ、客観的には法令又は条例が有効であることを前提として当該職員の行為自体が右法令又は条例に違反している場合のみを指し、右条例が法令に違反して実質的に無効であるがため、ひいてその条例に基づく当該職員の行為が違法に帰する場合は含まれないと解されている。その理由は、次に述べるとおりである。

(三)(1) 同項の規定は普通地方公共団体の執行機関又は職員の腐敗行為等を防止し、その公正を確保するため、違法な財務会計上の行為を防止もしくは是正し、又は怠る事実を改めることを目的とし、その実効性を担保するために設けられた規定であつて、執行機関ではない当該普通地方公共団体の議会の議決等までをも抑制することを目的とするものではない。(2) 法二四二条三、七項によれば、普通地方公共団体の執行機関又は職員は監査委員から違法な行為等につき必要な措置を講ずべきことを勧告された場合には、これを講じなければならないのであるから、法二四二条の二第一項にいう違法な行為とは、当該執行機関又は職員がその権限内において是正等をなしうる行為に限定されると解すべきである。しかるに、法一六条、一七六条によれば普通地方公共団体の長は条例が法令に違反すると認める場合にもまず議会の再議に付し、それによつてもなお右違反が是正されない場合には、結局議会を被告として裁判所に出訴しなければならないのであつて、長が自らの権限においてその条例の無効を判断し、それを無視して行動することは許されない。(3) 法二四二条の二第一項の訴えは監査委員に対する監査請求をその前置手続としているから、同条項にいわゆる違法な行為とはその違法性の判断が監査委員の監査の権限内に属するものに限られると解すべきである。ところで法一九九条によれば、監査委員の権限は普通地方公共団体の財務に関する執行及びその経営に係る事業の管理を監査することであるから、長その他の執行機関の行為自体の適否及び当否の監査に限られ、議会の議決やその議決により成立した条例の適否の審査には及ばないこと明らかである。(4) 普通地方公共団体の住民が、その属する普通地方公共団体の条例の違法又は不当を是正するためには、法一二条によつて当該条例の改廃請求権が認められており、さらに法一三条によれば、条例の制定改廃につき議決権を有する議会の解散請求権も認められるのであつて、法は、住民が条例の違法又は不当を争うにはこれらの請求権の行使によるのをもつてその建前としているものと解すべきである。

(四) 以上により、法二四二条の二第一項の訴えにおいては、その対象たる違法な行為が前述(二)の要件を具備しなければならないのであり、これを本件についてみると、原告は、前述(一)のとおり、定数条例が公選法一五条七項に違反して無効であることを前提として、本件選挙に対する公金支出がこの無効な条例に基づく行為であるためにひいては違法な行為となると主張しているのである。してみると、原告の訴えは、その対象の点で、法二四二条の二第一項の訴えの許された場合にはあたらず、不適法なものというべきであるから却下されるべきである。

2  本件訴えは、監査請求前置の要件を欠いた不適法な訴えである。

(一) 法二四二条の二の住民訴訟を提起するためには、法二四二条の規定に基づき当該普通地方公共団体の監査委員に対して監査請求をすることが必要とされている。そして、右監査請求は、適法なものであることを要し、右請求の手続について瑕疵があり、同条所定の要件を欠くものとして請求の実体に立ち入ることなく却下されたような場合には、適法な監査請求前置の要件を充たしたことにならないものと解すべきである。

(二) ところで、原告及び選定者らは、昭和五九年一二月一八日東京都監査委員に対して、法二四二条に基づき次のような監査請求をなした。

すなわち、昭和五九年一二月一四日都議会において可決された定数条例は、その内容が公選法一五条七項に違反した違法な条例であるから、本年七月に予定されている本件選挙は違法となり、これに対して都の公金を支出することは許されないとして、被告に対し、右選挙に公金を支出しないよう勧告を求めるというものである。

これに対して、東京都監査委員は、昭和六〇年二月一四日条例それ自体の適否の審査については、監査委員の権限は及ばないとして、請求の実体について審理することなく、右監査請求を不適法として却下した。

(三) したがつて、原告の本件住民訴訟は、適法な監査請求前置の要件を欠いた不適法な訴えとなり、この点からも却下を免れない。

3  被告は本件訴えの被告適格を有する者とはいえない。

(一) 本件訴えは、訴状請求の趣旨第一項記載の文言から、本件選挙の費用の支出命令行為の差止め又はこれに基づく同費用の現実の支出行為の差止めを求めているものであることは明らかである。

ところで、法二四二条の二第一項一号の訴えの被告適格を有する者は、同号所定の行為をなし得る権限を有する執行機関又は職員に限られることは右規定に照らして明らかといわねばならない。

そこでこれを本件についてみると、前記のように本件訴えは本件選挙の費用の支出命令行為の差止め又はこれに基づく同費用の現実の支出行為の差止めを求めているものであるから、被告適格を有する者は、同費用の支出命令行為又は同費用の現実の支出行為をなしうる権限を有する者でなければならない。そこで、被告が右に関する権限を有するか否かを検討すると、以下に述べるとおり、被告は右に関する権限を有しないのである。

(二) 本件選挙の費用の支出命令について

法一四九条二号は、普通地方公共団体の長は「予算……を執行する」事務を担任する旨規定しており、そして、右「予算の執行」には、法二三二条の四第一項の支出命令が含まれるものと解されている。

したがつて、法一四九条二号によれば、本件選挙の費用の支出命令に関する権限は、一応被告に専属しているものというべきであるが、法一八〇条の二、東京都会計事務規則六条一項一号(同規則二条一号参照)により本件選挙の費用の支出命令に関する権限は、被告から本件選挙事務等を所管する東京都選挙管理委員会(以下「都選管」という。)事務局(公選法五条一項、法一八六条、東京都選挙管理委員会規程一二条参照)の予算事務を主管する課長又は副参事に委任されているのである。

したがつて、被告には本件選挙の費用の支出命令に関する権限が存しないものというべきである。

(三) 本件選挙の費用の現実の支出について

法一七〇条一項は、「……出納長……は、当該普通地方公共団体の会計事務をつかさどる。」旨規定しており、そして同条二項は、「現金……の出納……を行うこと」等を右にいう「会計事務」の例示として規定している。したがつて、同条項によれば、本件選挙の費用の現実の支出に関する権限は一応東京都出納長に専属しているものというべきであるが、法一七一条一項、四項、及び東京都会計事務規則八条、一〇条二項(同規則二条一号参照)により同費用の現実の支出に関する権限の一部は、東京都出納長から本件選挙事務等を所管する都選管事務局(公選法五条一項、法一八六条、東京都選挙管理委員会規程一二条参照)の予算事務を取り扱う係長等に委任されているのである。

したがつて、被告に本件選挙の費用の現実の支出に関する権限が存しないことは明らかである。

(四) 前述(二)及び(三)によれば、被告には本件選挙の費用の支出命令及び同費用の現実の支出に関する権限が存しないのであるから、被告は本件訴えの被告適格を有する者とはいえず、よつて、本件訴えは不適法というべきである。したがつて、本件訴えはこの点からみても却下されるべきである。

三  被告の請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1記載の事実中、選定者石川かよ、同高橋信行、同森本寿子及び同石田清史が東京都の住民であることは不知(右四名は訴訟当事者選定者目録に表示された住所地に住民登録されていない。)。その余の事実は認める。

2  同2記載の事実中、本件選挙が行われることは認め、その余の事実は否認する。

3  同3記載の主張は争う。

4  同4記載の事実は認め、主張は争う。

5  同5記載の事実は認める。

6  同6記載の事実は認め、主張は争う。

7  同7記載の事実中、三選挙区から定数を一人ずつ減じ三選挙区の定数を一人ずつ増したいわゆる「三減三増」の改正がなされたこと、及び昭和五九年一二月八日の段階で各党案としてあつた「五減三増」、「五減五増」、「一一減一一増」の三案のどれとも違う「三減三増」案で決着したことはそれぞれ認め、その余の事実は否認する。主張は争う。

8  同8記載の事実中、人口が五四万二四四九人の杉並選挙区の都議会議員定数が六人で、同区より人口が二万一七〇七人多い練馬選挙区の都議会議員定数が四人という配分であることは認め、その余の事実は否認する。主張は争う。

9  同9記載の主張は争う。

四  被告の主張

1  原告の主張は以下に述べる理由により失当である。

2  法一四条一項によれば、普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて、法二条二項の事務に関し条例を制定することができると定められており、法一六条一項によれば、普通地方公共団体の議会の議長は条例の制定又は改廃があつたときは、その日から三日以内にこれを当該普通地方公共団体の長に送付し、同条二項によれば、条例の送付を受けた普通地方公共団体の長は再議その他の措置を講ずる必要がないと認めるときはその日から二〇日以内にこれを公布しなければならないと定められている。

また、法一七条によれば、普通地方公共団体の議員は公選法の定めるところにより選挙人が投票によりこれを選挙すると定められており、法一八六条一項、公選法五条一項によれば、当該普通地方公共団体等の選挙に関する事務及びこれに関係のある事務については都道府県選挙管理委員会が管理すると定められている。そして、公選法三三条一項によれば、地方公共団体の議会の任期満了に因る一般選挙は、その任期が終る日前三〇日以内に行うものと定められている。

3  都議会は、昭和五九年一二月一四日定数条例のうち、千代田、中央、台東の各選挙区の議員定数を各一名減じ、西多摩、八王子、府中の各選挙区の議員定数を各一名増員する旨の改正案を可決し、同日都議会議長は右改正された定数条例を被告に送付し、被告は、同年一二月二〇日右定数条例を公布した。

都選管は、現在の都議会議員の任期が昭和六〇年七月二二日限りであるので、昭和六〇年二月一三日任期満了に因る都議会議員の一般選挙の期日を同年七月七日と定めた。

4  ところで、法二四二条の二に定める住民訴訟の対象事項は、地方公共団体の財務会計上の行為又は怠る事実、すなわち直接に財務的処理を目的とするもののみを意味するものと解すべきであり、しかもそれは違法なものに限られているが、ここにいう違法とは当該執行機関、職員の事務を規定する法令又は条例、規則のうち、財務会計上の目的を有する法規の違反を意味するものと解すべきである。

しかるに、原告が違法であると主張する改正定数条例それ自体は、財務会計上の目的を有する法規ではないうえ、前記(二)で述べた都議会の定数条例の改正案の議決から都議会議長の被告への右条例の送付、これに基づく被告の定数条例の公布、及び都選管の選挙期日の決定に至るまでの一連の各行為はいずれも非財務会計上の法規に基づく非財務会計上の行為である。

5  原告は、定数条例の定数配分規定自体の違法を本件選挙に係る費用の支出の違法事由としているが、本件選挙の費用の支出の原因ないしは前提となつているのは定数条例の定数配分規定ではなく、都選管が公選法五条、同三三条、法一八六条一項の規定に基づき本件選挙の施行期日を定めたことにあり、定数条例の定数配分規定自体は、本件選挙に係る費用の支出の根拠規定でないことは明らかである。

すなわち、定数条例の定数配分規定は、都議会議員の選挙区及びその定数を定めたものであり、本件選挙に要する費用はそれとは独立して支出されるものであるから、定数条例の定数配分規定自体に、仮に原告の主張するような違法事由が存したとしても、本件の場合、いわゆる違法性の承継には当らず、右違法が当然に本件選挙に係る選挙費用の支出の違法を招来するものではないのである。

したがつて、原告の主張は失当である。

五  本案前の主張に対する原告の反論

1  本件の場合本件選挙があればそのための費用支出が必ずあり、右選挙がなければ費用支出もないという関係にあるから、本件選挙が違法であれば、その費用支出も違法となるというべきである。本件のように公金支出の前提となる行為が違法の場合には、右のようにその違法は公金支出に承継されるので、住民訴訟の対象となるというべきである。

2  被告が指摘する支出命令の委任は、全体としての本件選挙の費用の支出が当然に適法であることを前提として、その枠内で選挙事務の一つ一つについて遂(ママ)一知事の支出命令によらずとも支出ができるよう実務上委任をしたに過ぎない。本件訴訟の構成は、本件選挙が違法であるため、その費用の支出が全体として違法となるとするものであるから、このような場合には、会計を監督する権限と責任を有する(法一四九条五号)知事が被告となるのは当然である。

3  監査請求が却下されても、本来当該監査請求が適法なものであれば出訴しうるのは当然である。

第三  証拠<省略>

理由

一本件訴えの訴訟要件について

1  被告は、本件訴えは法二四二条の二第一項において許された場合にあたらないと主張する。しかしながら、本件訴えは、執行機関である地方自治体の長に対して公金の支出の差止めを請求するものであるから、法二四二条の二第一項一号の請求として、適法なものというべきである。

被告の右主張は、理由がない。

2  被告は、本件訴えが監査請求の前置を欠いていると主張する。しかしながら、原告が本訴提起前の昭和五九年一二月一八日に本件選挙は違法であるから公金を支出しないよう勧告すべきである旨の監査請求をし、これに対し東京都監査委員は昭和六〇年二月一四日右請求を不適法として却下したことは、当事者間において争いがないところであり、公金支出が違法であればその支出をしないよう勧告することは、監査委員の権限としてできることであるから、右監査請求は適法なものというべきである。

よつて、被告の右主張も、理由がない。

3  被告は、本件訴えについて被告に被告となる適格がないと主張する。しかしながら、本件訴えは、原告が法二四二条の二第一項一号に基づいて被告に対して一定の財務会計上の行為の差止めを求める訴訟であるが、被告が、その適格を欠く理由として主張する支出命令に関する権限の委任の主張については、予算の執行のためには、支出命令の他に支出負担行為をすることが必要とされるところ(法二三二条の三)、支出負担行為についての権限の委任の有無について被告は何ら主張立証をしないところであるうえに、支出命令の権限が委任されたからといつて、被告に違法支出の事前差止めの権限も失われるとは解し得ないから、被告の右主張も理由がないというべきである。

二本案について

選挙管理委員会は、普通地方公共団体の執行機関として、その長の外に置かれるもので、その長とは別個独立の権限を有するものとされ(法一三八条の二及び四、一八一条)、普通地方公共団体の長は、これをその所轄の下に置き(法一三八条の三第一、二項)、法一八〇条の四に定める勧告又は協議をし、予算を調整して執行し(法一四九条二号)、また、予算執行の適正を期するため報告を徴し、調査し又はその結果に基づいて必要な措置を講ずべきことを求めることができる(法二二一条一項)ほかは、右委員会の所掌事務の管理運営についてこれを指揮し又は監督する権限を有しないものとされている。そして、本件選挙は、公選法五条一項、法一八六条一項により、都選管がその権限に基づいて施行するものであつて、その施行に関して、都選管は、自治大臣の監督は受けるものの、もとより被告から監督を受けるものではない(公選法五条二項)。

そうすると、都選管の予算を執行する被告としては、都選管がその独自の権限に基づいて本件選挙の施行を告示するものである以上、本件選挙の施行に公選法に定める選挙無効の事由があつて、しかも、そのような事由のあることが明白であり、したがつて、本件選挙が将来において無効とされて選挙の費用として支出した金額がすべて無駄となることが明らかである場合など、予算執行を担当する機関として財務会計上与えられた権限を行使して審査した結果、そのまま公金を支出すれば公金の支出自体が違法となることが明らかであると認められる場合でない限り、本件選挙の費用はこれを支出しなければならないものというべきである。

本件において、原告が本件選挙費用の支出の違法事由として主張するところは、本件選挙がそれによつて行われることとなる定数条例の議員定数に関する規定が公選法一五条七項の規定に違反しているから、これに基づく本件選挙も違法となり、したがつて、そのための公金の支出も違法となるというのであるが、定数条例が右のような理由で違法であるかどうかは、何人も容易に判断することができるような一義的に明白である事柄でないことはいうまでもない上に、仮に右条例が違法であつたとしても、施行された本件選挙がそのことの故に将来において無効とされ、支出した費用がすべて無駄なものとなるかどうかは、選挙費用の支出の段階においては何人にとつてもおよそ予測することが困難な事柄であつて、もとより予算執行を担当する機関である被告にとつて明らかである事項ということができないものというべきである。そうすると、前記説示したところにより、本件の場合は、選挙費用の支出自体が違法となることが明らかであると認められる場合に該当しないものというべきであるから、被告は本件選挙費用を支出すべきものであり、原告はこの選挙費用の支出を差し止めることができないものといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宍戸達德 中込秀樹 金子順一)

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